読書散歩 #79

読書散歩 第79回
妙に納得してしまう本

読んでいて、妙に納得しながら
読んでしまう本があります。
今回はそのうちの2冊を紹介します。
今回紹介する河合隼夫先生の「こころの処方箋」と
向田邦子さんの「無名仮名人名簿」は
納得の仕方は全く違うのですが、
「そうだ、そうだ」とか「全くその通り」とか
「そのようなことはよくあるよなあ」
とつぶやきながらの読書時間でした。


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こころの処方箋
河合隼雄 新潮文庫


河合隼雄先生の「こころの処方箋」のことは
第4回でも紹介しました。
改めて全部読み返してみました。
1つのテーマが4ページ、見開きで書かれています。
電車通勤しながら読んでいる私にとって、
この区切りが何ともいえず、
気持ちよく読み進むことができました。

読み始めるとなんとなく
納得しながら読んでいる自分に気が付きました。
目次には、「人の心などわかるはずがない」とか
「100%正しい忠告はまず役に立たない」などが
並んでいます。
目次を読んでいるだけで、
「そりゃそうだろう」と思い、
本文を読むと「なるほど」と思ってしまいます。
そのことを河合隼雄先生が、
「あとがき」で書いておられます。

 その人が「フム、フム」とうなずくのは、
 もともと自分の知っていたことが書いてあるからであって、
 私の書いていることは、
 既に読者が腹の底では知っていることを書いているのだ、
 ということに気づいたのである。
 端的に言えば、
 ここには「常識」が書いてあるのだ。(中略)
 常識のない人は不愉快である。どうも、
 これはマスコミなどで「非常識」が売り物になりやすいので、
 常識のない方が価値があると錯覚するのかもしれないが、
 常識を知らぬ「非常識」は、あまり好きになれない。

近ごろのテレビを見ていて、
この引用させていただいた「あとがき」に
「そうだ、そうだ」と言ってしまいました。
この「こころの処方箋」を改めて読んで、
もやもやしていた気分も晴れて、
「自分は自分、これでいい。」と感じました。



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無名仮名人名簿
向田邦子 文春文庫


この本を読むきっかけは、有川浩さんの本で、
食べ物に触れられたところで紹介されていたことです。
確かに目次を眺めてみると、
「お弁当」に始まって「七色とんがらし」
「キャデラック煎餅」「パセリ」「メロン」などと
続いています。
他にも、「麗子の足」では、
「子供の頃は牛蒡が苦手だった。」と
食べ物の話で始まります。

いつも思うのですが、向田さんの随筆には、
日常の生活の中で、
「うんうん、そうだそうだ。そういうことあるある。」と
言ってしまうことが書かれています。
妙に納得してしまいます。

「メロン」では、すぐに食べてしまっておいしくなかったことや、
おいしい時期まで待っていて、
しかし、「もったいない」という思いで時期を逃した話は
「そう、そう」と思ってしまいます。
なによりも、店先でメロンを手に取っていて、
メロンに親指がめり込んでしまって
「キズものだから、千円でいいよ」といわれて
安く買ったことがあり、次に出かけたときに、
メロンを手にとったら
「今日は親指は駄目よ」と言われた話など
噴きだしてしまいそうな逸話が次々に出てきます。

「白黒つけないリアリティ」と題のついた解説では、
 
 向田さんの視線は優しいだけでなく、
 鋭い観察力で人の見栄や体験を見抜いてしまう。
 でもそれが底意地の悪さで終わらないのは、
 「みんな同じですよ、立派そうに見える人でも
  あなたと変わらない、
  小さなことでくよくよしたり格好をつけたりして
  気張っているだけなんですよ」と
 背中を叩いてくれるような温かさに裏打ちされているからである。
 そして、その観察眼が、極上のおかしみを生み出す。

とありました。全くです。

読書散歩 #78

読書散歩 第78回
原田マハさんの小説から

原田マハさんの小説は、
第15回に「本日は、お日柄もよく」で紹介しました。
また、新聞でも「リーチ先生」が連載され、
人と人とのつながりがあたたかく展開され
大変興味深く読ませていただきました。

「本日は、お日柄もよく」にしても、
「あなたは、誰かの大切な人」にしても
タイトルがいいと思われませんか。
また、タイトルに「、」がついているのも
おもしろく感じました。
原田さんの作品で、タイトルに句読点がついているのが
他にもあるのかなと思って
インターネットで調べてみましたが、
他には見つかりませんでした。


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あなたは、誰かの大切な人
原田マハ 講談社文庫

今回の「あなたは、誰かの大切な人」は
岩崎東里先生の本をお借りしました。
6つの短編が掲載されています。

どの話でも、家族、友人などの人と人とのつながりを
見事に描かれていました。
読み終えて、ほっこりとした気持ちになりました。

読んでいて、「ふ~ん、こんな表現があるのか。
このような言い回しはとてもできない。」と
思う文章に何回も出会いました。

いくらか紹介しますと、「最後の伝言」では、

 父を責める自分の言葉が、突然、大きな岩のように、
 どすんと胸の中に落ちてきた。

「月夜のアボカド」では、

 私は面食らったが、同時に心が弾むのを感じた。
 エスターが、出会い頭に、ぽん、と投げてきたボール。
 それに合わせて、私の心も、ぽん、と弾けたようだった。

「波打ち際のふたり」では、

 -帰ってこないなんて言わんといて。
 お母さん、ひとりっきりで、さびしいねん。
 そう言われて、私は、震えが足下から上がってきた。
 そのとき、私の目の前にいたのは、母ではなかった。私自身だった。

「皿の上の孤独」では、

 しんとして、味わい深く、さびしく、うつくしい言葉だった。
 私は、そのひと言を、目で食べ、味わい、飲み込んで、
 自分のものにした。

他の2編にも、心温まる言葉が出てきます。


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茶の本
岡倉覚三著 村岡博訳 岩波文庫


兵庫県立加古川東高等学校在職時に、生徒の引率で
フロリダのNASA、ワシントンではスミソニアン博物館、
ボストンではMITを訪問しました。
ボストンでは、ボストン美術館を訪問することができました。
以前から「茶の本」の著者岡倉覚三(天心)が部長を務め、
日本の美術品を数多く所蔵していることを聞き、
是非にと言って訪問することになりました。

展示室では、浮世絵、刀の鍔(つば)の企画展示など
数多くの展示を見ることができました。
浮世絵も紫外線カットの額に入れられ
色もよく保存されていました。
ときどき骨董屋さんなどで刀の鍔を見ることはありましたが、
象嵌(ぞうがん)の素晴らしさは
比較にならない美しいものばかりでした。
一番印象に残ったものは仏像です。

岡倉天心が仲介し
ボストン美術館が購入したと説明を受けた仏像は、
以前置かれていたお寺の檀家の方々が
「返してほしい」と言われて、
今もボストン美術館にお参りに来られると聞きました。

廃仏毀釈の中で天心の取った行動は
日本美術の良さを世界に紹介し、
認めさせた功績としては素晴らしいものだと思いますが、
いろいろな事情があったにせよ、
人々の心のよりどころを売却した
ことについては残念でなりません。

また、現在、発掘された陶片を集めて茶碗などに修復したり、
作り上げる「よびつぎ」をして
地域の茶会などに活用したりすることはできないのです。
「発掘されたままの状態での保管」という考えは、
天心の考えが今も守られているそうで、
直して使うことはできないとある方からお聞きしました。

このような美術品はそもそも
展示するためにだけつくられたものなんでしょうか。
箱の中で積み上げられて保管するためのものなんでしょうか。
そもそも何のためにつくられたのでしょうか。
このことを考えるにつけて
天心の考えにはついていけないところがあります。

「茶の本」は学生時代、茶道に凝り固まっていた時に購入し、
英語の本も丸善に注文して取り寄せました。
英語の本は、ポーランドのナザレ校に寄付し、
ナザレ校の図書館に所蔵されています。

ナザレ校の先生方にお会いすることを機会に、
黄色に変色した岩波文庫本を
久しぶりに取り出して読んでみました。
日本文化の普及のために英文で書かれたものを
村岡博さんが訳されています。
茶の歴史のこと、仏教の心のことなどが綴られています。
どれだけの方が読んで理解できるのか疑問が残ります。
学生当時はとにかく感心して読んだ記憶がありますが、
違った感想でした。

印象に残っている一節です。

 現代人は、技術に没頭して、
 おのれの域を脱することはまれである。
 竜門の琴を、なんのかいもなく
 かき鳴らそうとした楽人のごとく、
 ただおのれを歌うのみであるから、その作品は、
 科学には近かろうけれども、
 人情を離れること遠いのである。
 日本の古い俚諺に「見えはる男には惚れられぬ。」
 というのがある。
 そのわけは、そういう男の心には、
 愛を注いで満たすべきすきまがないからである。
 芸術においてもこれと等しく、
 虚栄は芸術家公衆いずれにおいても
 同情心を害することははなはだしいものである。

原田マハさんの「あなたは、誰かの大切な人」に
掲載されている「無用の人」に、
この「茶の本」が出てきます。

読書散歩 #77

読書散歩 第77回
立て続けに有川浩さんの作品を


募集のために県立高等学校を訪ねたとき、
その学校の校長先生からいただいた
一冊の冊子が有川浩さんの作品を読むきっかけでした。
教育委員会に勤務していた時からいろいろと教えていただいた方です。
この冊子は、先生が学校のホームページに書かれているコラムを
まとめられたものです。
そこに有川浩さんの本が何冊か紹介されていました。


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植物図鑑
有川浩 幻冬舎文庫


いただいた冊子の最初に紹介されていた本です。
もともと植物に興味がある私は、
タイトルを読んで文庫版の図鑑かなと思ったのですが、
ほんのりとした恋愛小説でした。
初めて読む有川さんの小説です。

最初の植物はヘクソカズラ。変な名前ですが、
本当にかわいい花が咲きます。
ただ、匂いがかないません。
つる性の植物で、いくらでもはびこってしまう厄介な植物です。
家の庭でも知らないうちに広がっています。

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自宅の庭に咲いたヘクソカズラの花です。

「お嬢さん、よかったら俺をひろってくれませんか」という
行き倒れになった一人の男のこの一言で話が始まっていきます。
よくこのような展開を考えつくもんですね。
作家の方々の頭の中をのぞいてみたい気持ちになります。

ヘクソカズラから始まって多くの植物が登場します。
その野草を料理するのですが、
そのレシピも巻末についています。
それに惹かれて読み始めたのかもしれません。
ユキノシタが出てきます。
以前に庭にあるユキノシタを取って、
てんぷらにして食べたことがあります。
私の口には合いませんでしたが。

読み終えてさわやかな感じが残る、有川さんの小説を
立て続けに読むきっかけになった本です。



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三匹のおっさん/三匹のおっさん ふたたび
有川浩 文春文庫


学校の図書館で借りていた「植物図鑑」を返したときに、
岩崎東里先生に「気楽に読めるものはないですか」と
リクエストし、借りた本です。

とにかく痛快。
定年を迎えた清田清一、通称キヨ。
居酒屋を息子夫婦に譲った立花重雄、通称シゲ。
小さな工場を営む有村則夫、通称ノリ。

この三人は昔「三匹の悪ガキ」で様々な事件を起こしました。
還暦を迎えた3人は、いまではキヨは父親から引き継いだ剣道場の師範、
シゲは柔道の達人、ノリは素晴らしい技術の持ち主になっています。
「還暦ぐらいでジジイの箱に蹴り込まれてたまるか」と言って、
「三匹の悪ガキ」のなれの果ての「三匹のおっさん」を結成して
ボランティアをすることになります。

第一話から第六話まで、3人は
町で起きる様々な「悪」に立ち向かい、
時代劇のように悪者を懲らしめる勧善懲悪の展開で
物語は進みます。

この三匹に様々なちょっかいを出しながら
事件解決にかかわるキヨの孫の祐希と
ノリの娘の早苗は素晴らしい味を出しています。

ノリは二人暮らしの娘がかわいくて、心配で、
早苗の行動にいろいろな反応をしますが、
その反応が少しオーバーに描かれているので、
思わず笑ってしまいます。

第六話の後に「あとがき」、「文庫版あとがき」があり、
文庫版あとがきには児玉清さんが
ラジオで紹介されたことが書かれています。
この「文庫版あとがき」の次に特別収録として2009年5月8日に
NHKラジオで放送された
「ラジオビタミン 児玉清の読みだしたら止まらない」
も掲載されています。
児玉さんが読まれた時の気持ちが素晴らしいことばで綴られています。

第一話から第六話、続きの3つの附録。
十分楽しむことのできる1冊です。

続編の「三匹のおっさん ふたたび」も同じように話が進みますが、
前巻のように三匹のおっさんが特技を生かして
暴れまわるシーンは少なくなっています。

しかし、その分、家族を思いやる
あたたかな気持ちが前面に出ているように思います。

この「ふたたび」にも、「あとがき(単行本時収録)」と
ドラマでキヨを演じられた北大路欣也さんの解説がついています。
この附録が得をしたような気分にさせてくれます。

だれもが、「なるほど」とか「そうだそうだ」と言いたくなるようなことを、
少し誇張しているからこその面白さが何とも言えない魅力と感じています。



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阪急電車
有川浩 幻冬舎文庫


久しぶりに用務でお会いすることとなった
アピックスの鈴木朝子さんと本の話になって、
「有川浩さんの『植物図鑑』『三匹のおっさん』がとてつもなく面白い」
という話をしておりました。鈴木さんから
「乗られたことがある方が読まれたらより面白いのでは」
と薦められました。
早速、岩崎東里先生にお借りしまして電車のなかで読みました。

いろいろと出てくる話題の中心人物が阪急電車に乗り合わせて
それぞれのドラマが進展していきます。
「この人たちとこの人たちは、また、出会うんだろうな、
どのような場面でどのような出会いをするのかなあ」と
思いながら読んでいました。
そのきっかけがまたまた、「えー、こーなるの!」と思ってしまいます。

解説には、児玉清さんが、私が読んだ感想と同じ思いを
素晴らしい文章で書かれています。
『三匹のおっさん』と同じで、
勧善懲悪までも行きませんが、正義
を貫いています。

この正義感を本当に面白く書かれている有川浩さん。
表紙の著者名に「HIRO ARIKAWA」と
ルビがふってあるのに気がつきました。
というのも、私は「ありかわ ひろし」と読んでいました。



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県庁おもてなし課
有川浩 角川書店


この本も、岩崎東里先生のおすすめです。
お借りした時には付箋に
「感想を是非お聞かせください」と書かれていました。

有川さんは、神戸新聞に
「イマドキつれづれ」というタイトルのエッセーを
書かれています。その何回目かに
「観光地に『おもてなし』の精神を」があります。

「県庁おもてなし課」が映画化されるときに、
高知県知事にお会いになったこと、
高知県がタクシー運転手の教育という
観光対策をされている話が出てきます。
観光の玄関口のタクシーの運転手。
有川さんが体験された面白くない経験を書かれています。

この本を読んで、今までの自分中心の視点を、
お客様視点に変えることがいかに大切かを感じました。
教育現場に身を置き、長いこと教えることに携わってきた身として、
今まで自分の価値観を押し付け、
自分の価値観での発言ばかりしてきたことへの
自戒の念が迫ってきたように思います。

もちろん自分の価値観は大切にしなければなりませんが、
そればかりに固執することはいかがなものかと思いました。

有川さんが高知県の観光大使を
依頼されたことから始まるこの小説は、
有川さんの経験されたことの記録のようでした。
それに、いつものほんのりとした恋愛がスパイスとしてよく効いています。

最後にまとめられている巻末特別企画の、
「物語が地方を元気にする!?」~
「『おもてなし課』と観光を“発見”」は、
高知県庁のおもてなし課の方との対談です。

また、「ウチのおもてなし-各県・市の観光課がPR競作!」は、
山梨、岩手、鹿児島、紋別、福島、新潟の県・市が
作成されたチラシが掲載されています。
「食べる」「見る」「遊ぶ」をいかにPRするか。面白いですね。



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明日の子供たち
有川浩 幻冬舎


児童養護施設の小説です。小説が終わった次のページに、
取材協力に「社会福祉法人神戸婦人同情会 子どもの家」、
本文に登場する手紙の文面協力に
「笹谷実咲さん」と書かれています。

母親の育児放棄で児童福祉施設「あしたの家」に入った奏子は、
「施設に入っている子供はかわいそう」と思われることに
反発を感じています。
新任職員として「あしたの家」にやってきた三田村にも
反発を感じていました。

「あしたの家」の職員は、
過去の経験からいろいろな考え方を持っています。
その考え方に同調したり、真っ向からぶつかったりしながら、
それでいて子どもたちにあたたかい心で接しています。
高校を卒業すると同時に退所し、
自立しなければならない子供たちの自立を
真剣に考えています。

後半では、退所した子供を支援するセンターの
「サロン・ド・日だまり」の存続の話が
中心になります。
市の福祉課が開催するシンポジウムで奏子が話をすることで、
「日だまり」は存続できそうになります。

その後、もっと多くの人に分かってもらうために
作家に小説を書いてもらうことを考え、
奏子は小説のなかで手紙を書きます。
その手紙を実際に書かれたのが、協力者の笹谷実咲さんです。

この小説が生まれるきっかけを、有川さんは最後に入れておられます。
「県庁おもてなし課」と同じパターンです。
この奏子さんの福祉課開催の
シンポジウムでのスピーチが素晴らしく、感動してしまいました。

読書散歩 #76

読書散歩 第76回
司書の岩崎東里先生の紹介


司書の岩崎先生には、
「何かおもしろい本はありませんか。」とよくお聞きします。
岩崎先生は「そうですねえ。」と少し考えられて
「この本、おもしろいですよ。」と本棚から出して来られます。

岩崎先生はいつも、人が人を思いやる、
心温まる本を紹介されます。
今回も同じように紹介していただき、お借りした本です。


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みかづき
森 絵都 集英社

岩崎先生からは、「本屋大賞受賞にはならなかったのですが。」と
紹介いただきました。
本屋さんでも「本屋大賞2位」と書かれて並んでいました。

読み進めていく途中で、話の展開と、
まだ読んでいない残りの厚みを見ながら
このあとどのように展開していくのかと
想像しながら読んでいました。

大きく3つの話に分かれています。
それぞれ中心となっている人物は3人で、
大島吾郎、妻の大島千秋、孫の一郎の順に話が進み、
戦後教育の変遷が描かれています。

この小説の主人公は「教育」と感じました。
戦中、戦後の教育を経験した千秋は、
教員の変わり身の速さに疑問を感じ、
文部省の指導による公立学校の教育に反発して塾を立ち上げます。
非常におもしろい展開で話が進んでいきます。
途中で家族が互いに反発しながらも思いやる場面では、
涙するようなところが何か所か出てきます。

以前、教育委員会に勤めていた時にいろいろな方と
指導方法について話をしていたときに
出ていたことと同じような言葉が出てきます。

 「少人数指導で注意が必要なのは、
 教える側が口をはさみすぎないこと。
 つきっきりで勉強を見ていると、子どもが迷っているとき、
 つい口を出したくなる。わかりかけた瞬間に答えを言ってしまう。
 子どもはその場じゃわかったような気になるかもしれないが、
 それでは基礎学力が身についていかない」
 
 「国語も、数学の文章題も、英文読解も、
 子どもたちの挫折のもとをたどると
 文章力不足に行きつく傾向が近年はとくに目につく。
 ゲームやメールの影響だろうが、ただ単語をくっつけているだけで
 長い文章が書けないし、読めない。
 そういう子には、毎回、文章を組み立てる訓練に
 時間を割いてやるといい」

というようなことが、新任の塾講師の研修での場面で出てきます。
私自身、初心に帰って考えてみようと思った本でした。



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コーヒーが冷めないうちに
川口俊和 サンマーク出版

この本を読まれた方も多いと思います。
「ビブリオバトルで生徒が紹介した本です。」とお聞きしました。
帯には「4回泣けます」と書いてあります。

フニクリフニクラという名前の
不思議な都市伝説のある喫茶店。
過去に行けるという噂のある喫茶店での話です。

時間を移動するには、

 1 過去に戻っても、この喫茶店を訪れたことのない者には
   会う事ができない。
 2 過去に戻ってどんなに努力しても、現実は変わらない。
 3 過去に戻れる席には先客がいる。
   席に座れるのは、先客が席を立った時だけ。
 4 過去に戻っても、席を立って移動する事はできない。
 5 過去の戻れるのは、コーヒーをカップに注いでから、
   その「コーヒーが冷めるまで」の間だけ

というルールがあるんです。
席の先客がいつ席を立つのかは分からないのですが、
必ず1日に1回は空席になる等、
他にも決められた細かなさまざまなルールがあります。

「4回泣けます」とあるように4つの話で構成されています。

第1話は過去に1回だけこの喫茶店に来たことのある
バリバリのキャリアの女性。
第2話は、この店の常連客の看護師。
第3話も常連客の女性、
そして第4話は、この喫茶店のマスターの奥さんです。

実はこの席は過去だけでなく、未来にも行けるんです。
第4話は未来に行く話です。

どの話も、女性が過去・未来で会いたい人に会うのですが、
現実は変わらない。
しかし、時間の旅をした方々みんな、
自信にあふれた行動をすることになります。
その理由は、最後に、

 結局、過去や未来に行っても、
 何ひとつ現実は変わらないわけだから、
 この椅子に意味などないのでは?
 と都市伝説を扱う雑誌には書かれていたが、
 (心ひとつで、人間はどんなつらい現実も乗り越えていけるのだから、
 現実は変わらなくとも、人の心が変わるのなら、
 この椅子にもきっと大事な意味がある・・・・・)

と、書かれています。
「心ひとつで、人間はどんなつらい現実も乗り越えていける。」とは
よく聞く言葉ですが、4つの話を読んで実感してしまいました。
みなさんもいかがですか。

読書散歩 #75

読書散歩 第75回
高橋源一郎さんと鷲田清一さん
―新聞の連載がきっかけで

新聞の連載の中で好きなものの一つが、
鷲田清一さんの「汀にて」です。
鷲田清一さんは第7回で「待つということ」を紹介しました。
機会があれば他の本も読んでみようと思っていました。

新聞で鷲田清一さんの「顔の現象学」が紹介されていました。
「読んじゃいなよ!」も新聞のインターネット版で紹介されていました。
また、高橋源一郎さんには、以前に兵庫県播磨高等学校で
講演をしていただいたことがあります。

高橋源一郎さんが大学のゼミで鷲田清一さんを呼ばれて
学生と話をされたことを知り、今回の2冊を読むことにしました。

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読んじゃいなよ!
明治学院大学国際学部高橋源一郎ゼミで岩波新書をよむ

高橋源一郎 岩波新書

高橋源一郎さんに講演していただく前に
小説を読みましたがよくわからず、
お会いした時に「よくわかりませんでした。」と感想を言いました。
その時のお答えが、「それでいいんです。」でした。

直接お話をしたこともあり、高橋源一郎さんが
明治学院大学でどのような講義をされているのか興味津々でした。
また、学生時代に
岩波新書を1日1冊という目標を立てたこともあり、
どのような本を大学生が読み、
高橋源一郎さんが指定されたのかも興味がありました。

最初に鷲田清一さんを呼んでの講義が
書かれているということもあり購入しました。

鷲田清一さんの「汀にて」というコラムが
非常に分かりやすく面白いもので、
読書欄で紹介された「顔の現象学」を買って読み始めたのですが、
この本は全く分からず、途中で挫折していました。
ということもあり、鷲田清一さんが
何をどのように話されたのかにも興味があったからです。

鷲田さんは学生の「分からない。」という言葉に
「二割分かればいい。」と答えられています。
それはそうかもしれませんが、
「じゃあ、何のために本にしているの?」と突っ込みたくなりました。

この本は、一度読んで、すぐにまた、
鷲田清一さんの部分だけもう一度読みました。
こんなことをしたのは初めてです。
何年かして改めて読み返したことはありますが、
すぐに読み返したことは今までありませんでした。

もう一度「顔の現象学」にチャレンジしてみようという
気持ちになりました。

鷲田清一さんに続き、
長谷部恭男さん、伊藤比呂美さんの
3人の講義が中心になっています。
「ほう。なるほど。」と思ってしまうところがたくさんありました。
なかなか面白い方々を3人選んでおられると
感心しながら読みました。

また、改めて読み返すことがありそうな本です。



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顔の現象学 見られることの権利
鷲田清一 講談社学術文庫

繰り返しになりますが、この本を手に取ったのは
「汀にて」がきっかけでした。
「汀にて」も「『待つ』ということ」もすんなりと読めていたので、
「鷲田清一さんの本はわかりやすいんだ。」と思い込んでいました。
それが大きな間違いでした。

「読んじゃいなよ!」でも書きましたが、挫折しました。
しかし、「挫折したままでは・・・。」と思い、
また、「二割分かればいい。」との
言葉に励まされ読み始めました。
二割も分かりませんでした。
しかし、「学術文庫版まえがき」は、
性根を入れて読んでみました。

少し長くなりますが、一部を引用してみます。

 テレビ番組やコマーシャル写真などの
 メディアを流通するあの<像>や
 記号としての顔の過剰のなかでは、
 そういう、わたしを包む声のような<顔>、
 わたしに突き刺さる棘のような<顔>がすり減ってしまっている。
 そういうぺらぺらの顔の経験の反復のなかで、
 特異なもの、個的なものとしての
 このわたしに対する呼びかけとしての<顔>が
 漂白されてしまっている。像としての顔の過剰が、
 呼びかけとしての<顔>を過少にしているのだ。
 そういうじれったさが、<顔>への渇きとなって、
 いまいろんな場所で現れているようにおもう。

このことを思いながら読み進めました。

いろいろと「顔」に関する文献の引用と
鷲田さんの考えが書かれていました。
顔の可視性のグラデーションとおはぐろ(鉄漿)の所では、
なかなかおもしろい捉え方と感心して読みました。

一度読んでみませんか? 税別価格840円です。
プロフィール

兵庫県播磨高等学校

Author:兵庫県播磨高等学校
2021年に創立百周年を迎える兵庫県播磨高等学校です。
「読書の学校づくり」を推進中です。

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