読書散歩 #84

読書散歩 第84回
昆虫を食べる

虫を食べると言って思いつくのが鳥だと思います。

近頃散歩をしていると、ツバメが虫を捕まえるために
水面ぎりぎりにグライダーのように飛んでいます。
一方、田んぼではヒバリが
「ピーチクパーチク」と鳴いています。
ヒバリも雑食ですが虫も食べるとありました。

ところで、ヒバリの鳴き声を
「日一分、日一分、利取る、利取る、月二朱、月二朱」
と聞きなし、
ヒバリが太陽に金を貸しているという
民話があることを聞きました。 

 さえずりて 太陽(ひ)に金返せと 揚げヒバリ

ですね。

話が少し外れましたが、昆虫を食べると言えば、
人間ではなく鳥やアリクイ等の
動物がほとんどだと思っていました。
と言いながら、イナゴの佃煮や蜂の子を食べる話は
日本でも聞きますが・・・・・。

インドネシアからの留学生に聞いてみると、
インドネシアでも昆虫を薬にしたり、
料理して食べたりしているようです。


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昆虫食の科学と実践 昆虫を食べる!
水野 壮 監修 洋泉社


この本の表紙には、トノサマバッタの写真と
「虫は、栄養豊富で、おいしい。」と
大きな字で書かれています。

休みに本屋さんをのぞいていて見つけました。
本屋さんで手に取り表紙を開けると、
昆虫を材料にした料理の写真がカラーで印刷されています。
これを見てこの本を買うことも、読むことも躊躇しました。

しかし、この本を買うことにしたのは、

 1 以前、兵庫県私立中学・高等学校の
   理科の先生の研修会の様子が
   「昆虫の味、教諭ら体験」と紹介されていたこと
 
 2 兵庫県播磨高等学校の海外の姉妹校の一つの
   タイ王国のケーマシリメモリアルスクールを訪問した時に、
   タイでは、タガメを唐揚にして食べたり、
   しょうゆなどの香りづけに使われることを聞いていたこと

 3  神戸新聞の随想で、木村三恵さんが
   バンコクでのタガメの唐揚を紹介されていたこと
 
 4  私もイナゴの佃煮を食べ、案外おいしいと感じた経験があったこと

などがあったことです。

案外、昆虫食の情報が私の周りにあったのに驚きました。
一番の理由は、自分自身の好奇心には勝てなかったことでした。

読み終えてから、虫の大嫌いな先生に
「こんな本あるよ」と紹介し、嫌がられてしまいました。

「はじめに」では、
2013年、国連食糧農業機関(FAO)が、
昆虫を食糧および飼料として推奨する報告書を
発表したことが書かれています。
人口増により地球規模では食糧難が来ることは
何回か聞いたことがあります。

この本では、何回も伝統的な食文化としての
昆虫食、栄養価などが紹介されています。
また、おもしろい昆虫食に関するコラムが多く書かれており、
本文は水野壮さんが書かれているのですが、
このコラムが多くの方々によって書かれているので
水野壮さんは「編集」となっていることがわかりました。

何よりもこの本の一番の特徴は、
カラー写真で紹介されている料理のレシピが
最後にまとめられていることだと思います。

昆虫の料理に挑戦する勇気は、まだ私にはありませんが、
挑戦してみようと思われる方はいらっしゃいますか。

読書散歩 #83

読書散歩第83回
小説のなかに見つけた“名表現”
〜万城目学さんの小説2編


万城目学さんの小説は、「鹿男あをによし」や
「プリンセス・トヨトミ」など、
皆さんも良くご存じでしょう。
以前にも第37回で「城崎裁判」を紹介しました。
万城目学さんの小説の奇想天外な展開には
いつも驚かされています。
「よくこんなことを思いつかれるなあ」と感心し通しです。
この奇想天外な小説に、私などが思いつかないような
素晴らしい表現を見つけました。
その表現を紹介しましょう。


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偉大なるしゅららぼん
万城目学 集英社文庫


今回の「偉大なるしゅららぼん」もそうで、
奇想天外な話です。

「しゅららぼん」とは何だと思われますか。
全国の湖には「湖の民」がいて、
ある特殊な能力を持っているという設定です。
琵琶湖の「湖の民」がその特殊な能力を使った時に
聞こえる「音」が
「しゅららぼん」なんです。

琵琶湖の「湖の民」同士の争いのような展開で話は進んでいきますが、
実は八郎潟の「湖の民」と琵琶湖の「湖の民」の
争いだったという展開も驚きでした。

私は昔から読書感想文を書くのが大嫌いでした。
いつも学校で出される宿題に、
いやいや書いていたのですが、
その度に「君の書いたのは感想文ではない」と言われたからです。
この「読書散歩」も
「本を読むきっかけを、なぜこの本を読もうとおもったのかを」
ということから始まりました。
今までも本のなかで気になった部分を紹介してきましたが、
今回も素晴らしい表現に出会うことができました。

例えば、
 
 柳の下から堀をのぞいた。
 大きな鯉が墨汁を滲ませたような鱗をぬめらせ泳いでいた。

とか、
 
 電柱にとまっていた雀たちが何に驚いたのかいっせいに飛び立ち、
 五線譜を駆ける音符のように千々に乱れて田圃の上を渡っていく。

という表現は、まるで俳句ではないですか。

「墨汁を滲ませたような鱗」とか、
「五線譜を駆ける音符のように千々に乱れて」等に
出会った時は、付箋を貼ってしまいました。


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かのこちゃんとマドレーヌ夫人
万城目学 角川文庫


「偉大なるしゅららぼん」に続いて、
図書室にあった万城目学さんを読んでみました。

この本は、
 
 四角い空き地に生い茂る背の低い草たちが、
 風もないのにさわさわと靡いている。
 まるで海に描かれた航跡のように、
 一本の淡い線が緑のじゅうたんを走る。
 草の葉がかさこそと揺れ、驚いた羽虫がぶうんと飛び立つ。
 朝の光を浴びようと、薄紅色の小さな花が
 せいいっぱい穂先を差し出すその根元を、
 丸い影が軽快な動きとともに通り過ぎた。

という素晴らしい書き出しから始まっています。

朝早くに妻と散歩をしていて、
ワレモコウの葉の縁に
朝露が付いているのを見つけました。
その朝露が朝日を浴びて虹色に、
それも微妙に違った色で輝いており、
思わず手にしたカメラで写真を撮ってしまいました。
朝日を浴びていない朝露をよく見ると
背景がさかさまに映っているが分かります。
その時にこの書き出しを思い出しました。
朝の楽しいひとときです。

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タイトルのマドレーヌ夫人とは
突然ふらっと現れてかのこちゃんの家に
いついている猫の名前です。
かのこちゃんの家で飼っている犬の玄三郎、
公園に集まってくる猫たち、
かのこちゃんと同じ学級のすずちゃんの関係が
非常に興味深く描かれています。

いつものように万城目学さんの作品は
奇想天外な設定が多いのですが、
今回も玄三郎とマドレーヌ夫人が夫婦で、
マドレーヌ夫人が「猫股」
つまり尻尾が二本に分かれた化け猫に変身します。
しかしマドレーヌ夫人は、公園の猫たちのために、
もう一回はかのこちゃんへの恩返しのために人間に化けます。

悲しい別れもありますが、全編を通して、
人や猫や犬がお互いを思いやる気持ちを感じる
あたたかい小説です。

この本の解説が、万城目学さんと解説者との関わりを
編年調で書かれている今までにないものであるのも
面白く感じました。

読書散歩 #82

読書散歩 第82回
日本人が大切にしてきた自然

古来、私達日本人は自然を大切にし、
自然を愛してきました。
一方で自然の持つ大きな力には、
畏敬の念をいだいてきました。

日本語では自然を表現する
たくさんの言葉が残されてきています。
私たちのまわりでも多くの自然が失われ、
それとともに美しい自然を現わす言葉も
忘れ去られようとしています。

今回は、自然を現わす本を紹介します。
観天望気(かんてんぼうき)という言葉も
あまり使われなくなりましたが、
風・雲・雨など日常の変化を観察して、
日本人が培ってきた自然に対する思いを
感じ取ってほしいと思います。



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風と雲のことば辞典
倉嶋厚 監修/岡田憲治、原田稔、宇田川眞一 著
講談社学術文庫

この本は、たまたま本屋さんに行った時に
見かけて買いました。

風や雲に関する言葉は多くあります。
有名なのは菅原道真の

「こちふかば においおこせよ うめのはな 
 あるじなしとて はるなわすれそ」

の、「こち」が東風のことであることは
古文の時間に習った方も多いのではないでしょうか。

私が兵庫県立豊岡高等学校に赴任している時にも
但馬地方の気象に関わることを多く教えていただきました。
雨や雪の多いことから「弁当忘れても傘わすれるな」とか
初冬の冷たい風の事を「うらにし」ということも
教えていただきました。

この辞典でさっそく「うらにし」を調べてみました。

 うらにし【浦西風】
  晩秋から冬にかけて、京都府の日本海側、
  北陸地方などで吹く北西または
  南西の<季節風>。今風にいえば<シベリア風>か。
  海は時化(しけ)て、漁業が出来ない。

とありました。但馬地方は
京ことばが残っていることがありますが、
豊岡市の東はすぐ京都府ですから、
この「うらにし」も伝わってきたのだと思います。

後ろに雲や風に関する
ことわざや慣用句がまとめられています。
また、季語としての索引もついていますから、
俳句を考える時にも役に立つのではないかと思っています。



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雨のことば辞典
倉嶋厚、原田稔 著 講談社学術文庫

この本は、先に紹介しました
『風と雲のことば辞典』と一緒に買いました。
近頃天気予報などでも「ゲリラ豪雨」という
言葉を聞くことも多くなりました。
以前は使われなかったこのような言葉は、
気候変動によって新しく生まれた言葉です。

まず興味をひいたのが、「原本まえがき」で、

「日本人一人あたりの傘の平均所有本数は、
 男一.八本、女三.五本で四、五人家族の家庭に
 一〇本の傘があるのが普通だという。」

と紹介されていることでした。
なるほど、自分のことを考えると、
自分用の傘は、大きなさし傘と折り畳み傘、
自動車にも職場にも置き傘があり、
書かれている本数を
はるかに超えた傘を持っていることに気が付きました。

芭蕉の句に「五月雨を 集めて速し 最上川」があります。
この本で「五月雨」をひいてみますと、
  
  さつきあめ 【五月雨】
  陰暦の五月ごろじめじめと降りつづく長雨。
  『梅雨』『五月雨(さみだれ)』と同意。

と書かれています。そのあとに、
正岡子規の俳句と夏目漱石の俳句が紹介されています。
「雲と風のことば辞典」と同じように、
雨に関することわざや慣用句、季語の索引も付けられています。

「雨が降る日は天気が悪い」ということわざは
「きわめて当然のこと、わかりきったこと」の意として
使われることも紹介されており、なかなか面白い本です。

読書散歩 #81

読書散歩 第81回
再び向田邦子さん


何で見たのか忘れてしまいましたが、
向田邦子さんの使っておられた印泥の写真を拝見したことがあります。
陶器の蓋には、染付で五爪の竜が描いてありました。

私も同じような印泥を使っております。

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友人からいただいたものです。

「ふーん、向田さんと同じようなものを使っているのか」
と思いました。
その時は、まだ向田さんの作品を
読んだことがありませんでした。

食べ物の話が好きなもので、
有川浩さんを読んだきっかけで
向田邦子さんを読みましたが、
その後はあまり読んでいませんでした。

この「眠る盃」は、土井晩翠作詞、滝廉太郎作曲の
皆さんもよくご存じの「荒城の月」の歌詞「めぐるさかずき」を
向田邦子さんが「眠る盃」と
覚え込んでいたことに由来するタイトルです。
これだけでもふきだしそうになります。とにかく面白い本です。


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眠る盃
向田邦子 講談社文庫


第79回で「無名仮名人名簿」を紹介した時に、
アピックスの鈴木朝子さんに紹介され、早速に購入して読みました。

この文庫本を読み始めて、笑いが止まりませんでした。
こんな面白い随筆は久しぶりでした。
「笑い」とは「緊張と緩和」と言った落語家がいますが、
私たちが笑う時は、
「そうそう、そういうことよくある。私もよくやる。」
「そんなバカなことやらないよ。」とか、
「えー。そんなことほんとにあるの。」と
驚いた時などに笑ってしまいます。

新装版解説で酒井順子さんが、
向田邦子さんの面白さを
「ユーモラスな自虐」と書いておられますが
自虐だけではありませんでした。
いろいろな笑いのパターンを実にすばらしく組み合わせた
文章が書けるものだと感心してしまいます。

今回、この本に「一冊の本」という随筆で、
向田さんが夏目漱石の「吾輩は猫である」を
始めて読まれた時のことを

 今から考えればませていたとはいえ、小学校五年の子供に
 夏目漱石がどれほどわかったのか疑問です。
 私もはじめは「おはなし」として読んでいたような気がします。

と書いておられます。

この一文、私の胸に深く突き刺さりました。
第30回の「明治の文豪の作品」で夏目漱石の「こゝろ」と
森鴎外が訳したゲーテの「ファウスト」を紹介した時に、
「わからない」と感想を書かせていただきました。
私は、「こゝろ」も「ファウスト」も
「おはなし」として読んでいたことを思い知らされました。

また、平成30年2月25日の神戸新聞の「I(あい)読書」に
金沢大学教授の仲正昌樹さんが
「最後まで所有できぬもの」というタイトルで
「ファウスト」のことを
  
 人生の限界にぶつかり、
 自分がどれほどのものか意識するようになった人には
 限界を突破する力を与えてくれる悪魔は極めて蠱惑的な存在だ。
 50代半ばになり、先が見えてきた私には極めてリアルに感じられる。

と書いておられます。
「ふーん。そうなのか。」と感心しながら新聞も読みました。

話が少しそれましたが、
通勤の電車のなかでふきだすことも出来ず、
顔の筋肉が緩んだ私を
周りの人は不審に思われたのではないかと心配しています。
家で、妻に話をし、二人で思いっきりふきだして笑いました。
紹介いただいた鈴木さんに感謝感謝の気持ちで読み終えました。

読書散歩 #80

読書散歩第80回
日本の文化に関わる3冊

大げさに「日本文化に」というタイトルを
つけてしまいましたが、最初は染色の話です。

色の話は、第64回の「『和の色』との出会い」でも
触れましたが、今回は読んであたたかな気持ちになれる小説です。
また、澤庵という人の話、
日本文化の「わび」「さび」に関わる話を紹介します。


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晴れ着のゆくえ
中川なをみ 文化出版局

この本は神戸新聞NEXTで紹介されていました。
その紹介文には「持つ人の心が宝物を輝かす」とあり、
冒頭には「読み終えて、ふう、とため息が出た。」
とありました。

しばらくそのままになっていましたが、
姫路市立図書館に他の用務で伺った時に借りて読みました。
「紫根染め」の晴れ着と「茜染め」の長襦袢の話です。

実は今年、そのむらさき草が
我が家の庭で花を咲かせました。
それで、読んでみようと思ったのです。
むらさき草の花は何色かご存知ですか。
花は、白い色をした小さなかわいらしい花です。
染料のむらさきは、
むらさき草の根から採れるんです。

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庭に咲いたむらさき草の花です

おじいちゃんが孫のために力を込めて
「むらさきの着物」を作り上げます。
紫の染料も、孫と一緒に育てたむらさき草で作ります。

おじいちゃんがつくってくれた着物は、
おばあちゃんのつくった
茜色の長襦袢とともに日本を離れます。
途中で「むらさきの着物」は
「茜色の長襦袢」と別れて旅をします。

それぞれの章は、その着物にかかわった人の名前で書かれています。
千恵、ともの、春子、アネット、
ハンフリー、カトリーヌ、しをり——という
それぞれの章の主人公は、やさしい心の持ち主で
その「むらさきの着物」を大切にします。

脚注に、
 一 千恵    一九五一年夏
 二 ともの   一九五一年冬
 三 春子    一九五四年春
 四 アネット  一九五八年春
 五 ハンフリー 一九六〇年秋
 六 カトリーヌ 一九八〇年秋
 七 しをり   二〇一三年秋

と章の名前が書かれており、年の経過を感じながら読み進めることができます。

テーブルセンター、ティーポットカバー、小ぶりのスカーフ、
大小さまざまなポーチ等に姿を変えますが、
年老いた最初の持ち主である千恵の手元に帰ってきます。

やさしい心の持ち主の心温まる話に
ゆったりと浸りながら読むことができました。
紹介文の冒頭の
「読み終えて、ふう、とため息が出た。」、まさにそのとおりでした。


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沢庵
水上勉 中公文庫


澤庵和尚の事は以前から興味がありました。というのも
柳営御物の澤庵和尚の軸を拝見したことがあり、
また、この本の参考文献の最初に出ている
「澤菴和尚全集」全6巻が手元にあり、
時々読んでいたこともあったからです。

「澤菴和尚全集」は、
なかなか読み込むことができずに悩んでいました。
澤庵和尚の本は、この全集の他に、
徳間書店の「沢庵不動智神録」、
岩波文庫の「澤菴和尚書簡集」も読みました。
一度、澤庵和尚の生涯を書かれたものを
読みたいと思っていたからです。

澤庵和尚は墓も作るな、伝記も書くなと遺言を残しています。
その遺言に反して武野紹鴎(たけのじょうおう)の孫である
武野宗朝(たけのそうちょう)が
「東海和尚記年録」という伝記を残しています。
水上勉さんのこの本は、澤庵和尚の遺言にそむいて書かれた
「東海和尚記年録」という記録に、
澤庵の周りの人々の事を多くの資料をもとにして書かれています。
武野宗朝に感謝します。

もともと「東海和尚記年録」も関連の資料も漢文であったり、
難しい文語調ものですが、
私が読んでも分かるように書かれており、興味深く読み進めました。

題名に「東海」とついていますが、
澤庵和尚は徳川三代将軍家光から
「東海寺」を与えられ住職として住んでいたからです。
この東海寺については品川区教育委員会が発行した
「品川区史料(九)東海寺の文化財」という冊子があります。
これは非常に面白い冊子です。

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「品川区史料(九)東海寺の文化財」

東海寺の輪番僧が記録した「重書」が復刻されています。
この「重書」には輪番僧が
京都から江戸に下るまでの様子などが書かれており、
元禄、安政時代に起こった大地震、
嘉永の時代に浦賀にきた黒船来航の話まで、
さまざまな事件や自然現象が記述されています。

それにしても澤庵和尚の姿勢は、名誉などを全く考えず、
また、権力にも屈することなく自分の考えを貫きます。
徳川幕府から「紫衣事件」で流罪になりながら、
家光からの厚遇に対する想いなど、
いろいろと考えさせられます。

この文庫の表紙が「荒磯金襴」だけという装丁も
非常に気に入っています。



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日本の文化をよむ 5つのキーワード
藤田正勝 岩波新書


私の趣味の一つが茶道であることは、
何回か話をさせていただきました。
茶道を始めたきっかけも、
高校時代の日本史の先生の
「君たちは日本人なんだから、何でもいいから
  日本の伝統文化の一つくらいは知っておきなさい。」
という一言でした。

大学時代に茶道を経験したことは、今、
兵庫県播磨高等学校が推進している
「国際教養人の育成」で、
海外の姉妹校との交流に非常に役に立っています。
自国の文化について話をするときに、
茶道を経験したことで、自信を持つことができます。
今になって日本史の先生の一言を嬉しく思い出します。

芭蕉の「笈の小文」の
 「西行の和歌における、宗祇の連歌における、
  雪舟の絵における、利休が茶における、 
  其の貫道する物は一なり。」
という言葉を思い出したことも
この本を手に取った一つの理由だと思っています。

この本は、
「西行の『心』」、「親鸞の『悪』」、
「長明と兼好の『無常』」、「芭蕉の『風雅』」、
「西田幾多郎の日本文化論」に分けて書かれています。

西行の、
 「吉野山梢の花を見し日より 心は身にも添はず成りにき」
と詠んだ心。
親鸞の、
「悪人成仏のためなれば、
 他力をたのみたてまつる悪人、
 もつとも往生の正因なり」
という悪人正機。

鴨長明の
「ゆく川の流れは絶えずして、しかも、もとの水にあらず。」
で始まる方丈記。

兼好の、
「つれづれなるままに」
で始まる徒然草。

世阿弥の、「風姿花伝」。

芭蕉の「奥の細道」。

仏教、芸術、哲学と様々なジャンルが絡み合ったように
話は進んでいきますが、
一つの流れにそって言っておられるように思います。
それが「笈の小文」の続きに芭蕉が述べていることでしょう。

 「しかも風雅におけるもの、造化にしたがひて四時を友とす。
  見る処花にあらずといふ事なし。
  おもふ所月にあらずといふ事なし。
  像(かたち)花にあらざる時は夷狄にひとし。
  心花にあらざる時は鳥獣に類(たぐい)す。
  夷狄を出て、鳥獣を離れて、造化にしたがひ、
  造化にかへれとなり。」

 「我々が生きている、意識しているのは、富であり、立身出世である。
  花ではない。そのためには意識を変えなければならない。」

と言っているのだろうと思います。
しかし、日常の生活で常にそのような思いを持つことは
不可能に思います。
生活のなかで四季折々の自然を
ちょっとした時に、ふっと思ってみること、
そのことも非常にむずかしいと思いますが、
そうできたらと感じた一冊でした。
プロフィール

兵庫県播磨高等学校

Author:兵庫県播磨高等学校
2021年に創立百周年を迎える兵庫県播磨高等学校です。
「読書の学校づくり」を推進中です。

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