読書散歩 #72

読書散歩 第72回
アンパンマン


皆さんのほとんど方が、幼い時
アンパンマンに夢中になられたのではないかと思います。
また、少し大きくなったときには、
「もう子供ではない。アンパンマンなんてもういやだ。」
と思った方も
多いのではないでしょうか。

「アンパンマンのマーチ」の歌詞を覚えておられますか。

 なんのために うまれて
 なにをして いきるのか
 こたえられないなんて そんなのはいやだ

で始まります。私は、孫と楽しむためにオカリナで
「アンパンマンのマーチ」を練習している時に、
「この歌詞、幼児向けの歌詞ではないよなあ。」と
感じました。
そう思われませんか?

アンパンマンの生みの親で
「手の平に太陽を」の作詞者のやなせたかしさんが、
この歌の答えを書かれたのではないか
と思われる本に出会いました。


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アンパンマンの遺書
やなせたかし
岩波現代文庫


本屋さんでたまたま見つけて、購入しました。
というのも、「はじめに」に、
 「僕が死ねば、アンパンマンがどういう風にして
  ぼくの中で育っていって
  世の中へ出て行ったのか解らなくなる。」
という一文があったからです。

「起の巻」「承の巻」「転の巻」「結の巻」の4部に分けて書かれています。

やなせたかしさんの周りには、手塚治虫さんをはじめ、
有名な方がおられました。
周りの方々は、
早々にそれぞれ独自のキャラクターで颯爽とデビューされ、
自分だけ取り残された気持ちを切々と書かれています。
しかしその時その時に手がけたことが徐々に形を成して
アンパンマンを生み出したとあります。
奥様への愛情あふれる本です。

読んでいて多くの興味深い文を見つけることができました。
「承の巻」では、
 「非常に不思議なことに、ぼくのくだらない願いは
 たいてい実現する。」
と書かれています。

私は、いろいろな方に教えていただいた印象的な言葉を書き留めたノートに
「心得帳」と名前を付けており、心得帳の中身は増え続けていますが、
そこに「深く思う」という言葉があります。
ある講演会で、
「自分の願いをかなえるには、深く、深く思うことだ」と
聞きました。
深く思えば、その願いがかなうこともあるということです。
自分自身の深い思いが、お会いして話をしている人に伝わり、
さまざまな情報をいただける、そして願いがかなう。
専門学校の学生に先日、深く思ったことで願いがかなった
私自身の経験を交えて「深く思う」話をしました。
そのような経験を
やなせたかしさんは何回も経験されたのだと思います。

その時その時の人生の節目で
やなせたかしさんの思いに触れることができました。
また、亡くなる8か月前に書かれた
巻末の「九十四歳のごあいさつ」には、

 赤ちゃん番組とバカにされているアンパンマンは、
 実は内容的には決して子どもだましではなかったのだ。
 テーマソングは
 「なんのために生まれてなにをして生きるのか」と哲学的である。
 しかしすべてが幼児枠にはめられたために驚くべき現象が起きて、
 ぼくはぎょうてんしてひっくりかえってしまうのである。

とあります。

やなせたかしさんの自身の
「なんのために生まれてなにをして生きるのか」への
答えは明確に書かれてはいませんが、
「やなせたかしさんご自身の生きている」そのことが
その答えのように思いました。
やなせたかしさんの子ども「アンパンマン」への
深い愛情あふれる一冊でもあります。

私がアンパンマンのテーマソングで感じた疑問が
解けたように思います。
読み終えて、さわやかなあたたかい気持ちになった本でした。

読書散歩 #71

読書散歩 第71回
インターネット版の新聞記事で
紹介されていた本


各新聞社はインターネット版の新聞を
会員登録すれば読めるようになっています。
過去の新聞記事を検索したり、
過去の新聞紙面を見ることができたりします。
なかでも、インターネット版でないと読めない随筆などが
掲載されていることがあり、なかなか楽しいものです。

私も、購読している新聞社に会員登録して
インターネット版の記事などを読んでいます。
その中で、日曜日の読書欄ではなく
「新着ニュース」の中で紹介されていた本を紹介します。
仕事帰りに本屋さんに寄って購入し、
通勤電車の中で読みました。
乗り越してしまいそうになった2冊です。

この2冊は、岩崎先生にも紹介しています。
これから文章を書くことが多くなる生徒の皆さんにお勧めです。


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書く力 私たちはこうして文章を磨いた
池上彰 竹内正明
朝日新書


私もこのように「読書散歩」を書くときには、
どのように書けばいいのかと
迷ってしまうこともしばしばです。

最初は思うことを字数も、長さも考えずに
ただひたすらに思ったことや感じたことを書き連ねます。
何日かおいて読み返しますと、意味が通じなかったり、
繰り返し同じことを書いていたりします。
その時は思い切ってばさばさ切っていきます。
また、数日してから読み返し、表現なども考えます。

この本はジャーナリストの池上彰さんと
読売新聞の「編集手帳」を書いておられる
竹内正明さんの対談ですが、
本文より先に竹内さんが書かれた「対談を終えて」を読み、
さらにこの本を読んでいくのが楽しみになりました。

読み終えて、グサッと突き刺さったことが多かった本です。
予想通りの本でした。
気になったところに付箋を貼りましたが、
読み終えてみると、付箋だらけでした。
付箋を貼ったところをいくつか紹介しますと、

★少なくとも常に「これは誰に向けて書いている文章なのか」を
自覚しながら書く。


このコラムも、最初は生徒の皆さんや同じ職場の皆さんに
読んでほしいと思った本を紹介するつもりで書き始めました。
しかし、書き進むにつれ、読み手を忘れて自分が楽しんでいました。
この一言で初心に帰ることを痛感しました。

★まずは、「読者を惹きつける書き出し」。
次に、「読者に予想させない展開」。
最後に、「書き出しと結びつけたオチ」。


私たちは、今まで文を書くには「起承転結」と教えられてきました。
第1回で紹介しました「その日本語、通じていますか」でも
結論がわかりにくいと紹介しました。
なかなか、たとえが面白く、なるほどと思ってしまいました。

★「好きな言葉」や「好きな表現」というのは、
本当はあまり「使ってはいけない言葉」だと思います。


文を書くときにあまり考えもせずに安易に済ませてしまう
自分自身を発見しました。

紹介記事の締めくくりの文章は、

 文章は技術の結晶としてあるのだろうが、
 感情をコントロールする、自慢話は控える、練習を欠かさない、
 といった文章心得は、
 そのまま精神修養の徳目にも使えそうだ。
 文は人なり。心したい。

是非読んでください。おすすめの1冊です。



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文庫解説ワンダーランド
斎藤美奈子
岩波新書


まあ、何と歯に衣を着せぬ言い方でしょう。
文庫本を読むときには、
まず解説から読んでから本文を読み始める私にとって
驚きの1冊でした。

「文庫本の巻末についている『解説』は何のためにあるのだろう。」
という一文から始まる「序にかえて」から、
引きずり込まれた本でした。
「解説」についてよくもこれだけ辛口に書けたものだと感心します。

曽野綾子さんが解説を書いている「小公女」の章には、
「この説教くさい解説の主は、訳者の曽野綾子である。(中略)
『小公女』までダシにするんだもんな。
 困ったもんだな。曽野綾子。」
と書かれています。
この本全体にわたって、
この口調(文調?)で、この辛口で書かれています。

「小公女」をはじめとして夏目漱石の「坊ちゃん」、
マルクスの「資本論」、松本清張の「点と線」などが、
「あの名作に、この解説」「異文化よ、こんにちは」
「なんとなく、知識人」「教えて、現代文学」の4章に分けて、
延々と「解説」を比較しながら話が進ん行きます。

「解説」をただ何となく、本に書かれている概要なり、
読む視点を探るために読んでいた私には、
本当に驚きであり、面白い本です。

「おーおー、ここまで言うか。」とか「そーか、なるほど。」と
感じながら読みました。痛快な1冊です。
本文についてあまり詳しくは書きませんでしたが、
是非読んでください。

読書散歩 #70

読書散歩 第70回
Yさんからのおいしい贈り物


鳥取のYさんから大きな封筒が届きました。
わくわくしながら開封すると手紙には

 月刊雑誌「ディスカバージャパン」に
 松江・彩雲堂の「彩紋」という和菓子が紹介されていました。
 お茶を嗜まれる先生に“これだ!”と思いました。
 お茶請け一回分程のささやかな量で申し訳ありません。
 別の箱の「おかし」は賞味期限長そうなので、
 お仕事の合間、合間にゆっくりとお召し上がりください。

とありました。
「彩紋」は包装紙が棟方志功の絵です。

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もう一つの箱には、表には「謹製 おかし」と、
横には「創業明治三十四年 菓子司『潔』」と書かれていました。

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「ふ~ん。こんなお菓子があるのか?」と思いながら箱を開けると
本が入っていました。
「そら、賞味期限長いわなあ」と言いながら、
妻と二人で笑い転げました。

岡潔(おかきよし)は、「おかき、よし」です。
菓子司『潔』はおいしいおかきを作っておられるのでしょう。

電話をしてお聞きしますと、
この箱は一生懸命手作りされたそうです。
「賞味期限は100年以上あるわなあ」と
電話も楽しいひと時でした。

大笑いもプレゼントしていただき感謝、感謝です。
「彩紋」もおいしくいただきました。

「謹製 おかし」はじっくりと時間をかけていただきました。



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岡潔 数学を志す人に
岡潔
平凡社STANDARD BOOKS


この本の帯には「栞執筆:松岡正剛」と書かれています。
挟み込まれている栞から読み始めました。

この本に収録されている随想は、
 生命(1965年64歳)、こころ(1964年63歳)、天と地(1964年63歳)、
 数学を志す人に(1963年62歳)春宵十話(1963年62歳)、
 かぼちゃの生い立ち(1964年63歳)、数学と大脳と赤ん坊(1964年63歳)、
 ロケットと女性美と古都(1964年63歳)、日本的情緒(1963年62歳)、
 物質主義は間違いである(1968年67歳)、宗教について(1963年62歳)、
 六十年後の日本(1965年64歳)、人とは何か(1969年68歳)
が掲載されています。

それぞれの随想の最後に書かれた年とその時の年齢まで書かれています。
書かれた時が近いものですから、同じことが何回も繰り返し出てきます。

「教育するには時期が決まっている。」と何回も出てきます。
ご自身の経験からのことと思いますが、
「ほんとにそうなの?」と頭をひねってしまうことが
しばしばの本でした。
また、読んでいて、岡潔さんの考えには
「なるほど」と思うところがたくさんあるのですが、
論理の飛躍があり、「なんでこんな結論になるの?」と
感じるところもたくさんあります。

「宗教について」という随想も掲載されていますが、
仏教の経典を理解しないとわからないところがあり、
理解できないところもあります。

松岡正剛さんが栞に
「ふりかえってみると、岡潔に教えられたこと、嬉しくなったこと、
虚を突かれたこと、泣きそうになったことはそうとうにある。」
と書かれています。
このように感じられる松岡さんにも感心してしまいました。

このシリーズはYさんも「なかなかおもしろい」と言っておられました。
新しいことを、また、Yさんに教えていただきました。

寺田寅彦、野尻抱影、中谷宇吉郎、牧野富太郎、櫛田孫一、
稲垣足穂、朝永振一郎などが刊行されていくようです。
読んでみたい人が続いています。

読書散歩 #69

新橋駅前の古本市で
Selected by安積秀幸参与先生

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久しぶりに恩師である米山徹先生とお会いする機会を得ました。
米山先生からはお会いするたびにいろいろと教えていただきます。
今回もそうでした。
米山先生とは、新橋駅のSL前で
待ち合わせをすることになりました。

会議が少し早く終わって新橋駅に着き、
「さてさて何をして時間を・・・」と思ったのですが、
改札を出ると古本市が開催されていました。早速うろうろ。

そこで見つけた二冊と、
米山先生から教えていただいた一冊を紹介します。





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木米と永翁
宮崎市定 著 (中公文庫)

古本市で、この文庫本は200円でした。

宮崎市定先生は、「謎の七支刀」、「水滸伝」や
「論語の新研究」でも紹介しました。
「木米」は「青木木米」、「永翁」は「永楽二代和全」と言われていました。
この永翁が「村田熊治郎」であったことを
調べられたことが書かれています。

宮崎先生独特の言い回しで、
観点で美術品や芸術品と呼ばれている
一つ一つについて書かれていることは、
読んでいて痛快です。続いて書かれている随筆にも、
その一つ一つに「なるほど」と思ってしまう一言があります。

収録されている「コレクション」では、
物を評価することは、人間生活の上で、
物質面でも精神面でも、非常に大切な意義をもつ。
野菜や缶詰を買うときの選別も評価であるし、
衣服や装飾品の見立ても評価であって、
美術の鑑賞と本質的に異なるところはない。
ところで博物館や展覧会で陳列品に対面するとき、
多くの場合はガラス越しでしか観察できず、
手に触れることはおろか、
虫眼鏡で見る距離まで近付くことすら許されない。
これでは十分な鑑賞ができにくい。
特にそれが陶器や玉器である場合、
いちど手に取って撫でまわしてみないと
感触が伝わってこないものなのだ。
と言っておられます。全く同感です。

第62回で紹介しました小林泰三さんの
「誤解だらけの日本美術」と
同じような気持ちで読ませていただきました。

そのあとも、気になる言葉のところに付箋を貼ったのですが、
付箋だらけになってしまいました。

解説には、
先に出版された「中国に学ぶ」は難解なところがあるが、
「随想 木米と永翁」は全編を通じて
読みやすいエッセイ集になっていると書かれています。
そのことを感じながら楽しく読むことができました。




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古窯百話 幻の壺
本田静雄 著 (淡交社)


古本市で、この本は300円でした。

古本というのは時々
本当におもしろい付録が付いてくるものです。
第52回で紹介した「ものいわぬ壺の話」にはさまれていた
謹呈の付箋にインク消で消されていた言葉も、
すばらしい付録です。

この本には著者の本田静雄さんの訃報の
新聞記事の切り抜きがはさんでありました。
この切り抜きが買うきっかけの一つでした。
「11.5.7」と手書きで書き込まれています。
その記事には、
 財界活動のほか、陶芸、能などの文化に造けいが深く、
 陶芸家の故・加藤唐九郎さん(85年死去)が作った
 贋作(がんさく)「永仁の壺(つぼ)」が59年に
国の重要文化財に指定された後、
親交のある唐九郎さんに真実を語るよう働きかけ、
その後も壺を保管していた。
と書かれています。

著者が「黒い壺」と名付けた壺と
「永仁の壺」の経緯といくつかの随想があります。

「永仁の壺」では、
「もともとこの事件は関係者が多数で、
 私自身も関係者の一人ではあるが、
 私にはとてもその真相を完全に捉えることは
 今でもできないでいる。
 しかし、この問題に関する記録をいろいろな角度から見て
 後に残しておくことは、
 将来この事件が一つの社会現象として究明されるような場合に
 必要なことであると思う。」
という言葉から、事件の初めから終わった後までの
かかわりを書かれています。

その中で最も興味深かったのは、
加藤唐九郎さんに真実を話してもらうことがいいのかどうかを、
第52回で紹介した付箋の狩野近雄さんを訪問され、
相談されたところです。

事件が落着した後、
この永仁の壺を買い取って保管されていた話や、
そのレプリカがよく売れた話も大変面白い話です。

文化という大きな流れの中で、
一つ一つの文化財の在り方についての
本田さんの考え方は素晴らしいと感じています。




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文字答問
白川静 著 (平凡社ライブラリー)


この本は米山徹先生に紹介していただきました。
久しぶりの一献を傾けながらの楽しい時間に、
「漢字『菊』の読みの『きく』は音読みなんだけれど、
 訓読みを知っているか?」
と聞かれました。
「『菊』は訓読みではないんですか?」という会話から始まって、
「新橋に来る途中の本屋さんで見つけた。」といって
この本を見せていただきました。

米山先生から教えていただくときは、いつもメモ用紙を忘れて、
割りばしの袋にメモをしてしまいます。今回もそうでした。
しかし、帰ってからいくら探してもメモした袋が見つからず、
電話で改めてお聞きしました。

この本は『桂東雑記』の巻末に、講演の際の質疑、
手紙などによって寄せられた質問に
答える形で書き下ろされた「文字答問」を
まとめたものと書かれています。

いつもの通り最初に「あとがき」を読んでいますと、
白川静さんは
音で読むと名前が一時違いである
フィギュアスケートの荒川静香さんのファンでした。
亡くなった年に散歩途中で九十六歳の白川静さんが、
荒川静香さんのトレードマークであるイナバウアーを
やってみせたという話が残っている、
という白川さんの面白いエピソードが書かれていました。

目次をみていきますとなかなか興味深い、
面白い話が並んでいます。
「かかし」はなぜ「案山子」と書くのか、
「隣と鄰」で引き合いに出される頼山陽の話、
「犬の耳」で書かれている漢字の成り立ちと
日本の漢字行政の在り方……など
考えさせることが多い本です。

漢字の成り立ちの説明では『説文解字』がよく出てきます。
友人が「永久貸与」と言ってくれている
『説文解字』を見ながら読まないと
面白さが半減する。」と思いながら、
電車の中ではできずにいました。
再度『説文解字』を横に置いて、
読み返したいと思っています。

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* 「読書散歩」とは?

読書散歩 #67

抽選でいただいたサイン入りの小説

Selected by安積秀幸参与先生

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平成28年10月2日、神戸新聞読書欄の
「ヨミゴロです」というコラムに、
高田郁さんが『あきない世傳 金と銀』の第2巻を
出版されたことが紹介されていました。

高田さんが書かれた色紙の写真とともに、
最後に「3名の方にサイン入りの本をプレゼント」とありました。
早速はがきを書き応募しました。
岩崎東里先生にも応募の話をしました。
今までこのような応募をして当たったためしがないので
「どうせだめだろう」とあきらめていましたら、
13日に「神戸新聞社から何か届いていますよ」との連絡。

サイン入りの本、当たりました。
嬉しくて、震える手で、封を開けました。
 「感謝」という言葉が書かれた本でした。

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あきない世傳 金と銀 二 早瀬篇
高田 郁 著 (ハルキ文庫)

高田郁さんの時代小説は、いつも
あたたかい人情に触ながら、
展開にわくわくしながら読んでいます。
第1巻から読むべきなんでしょうが、
待ちきれずに読み始めました。

倒れ掛かった呉服屋「五鈴屋」に奉公している
主人公の「幸」は、突然、
遊びほうけている店主徳兵衛の後添えになります。
店のことは全く考えない徳兵衛は好き放題、
挙句の果てに店の要石と呼ばれている番頭を
半身不随にしてしまいます。
そのような中で、次男の惣次は
一生懸命店を支えています。

幸は寝込んでいる番頭に

 今は戦のない太平の世、とひとは言うけれど、それは違う。
 今は『商い戦国時代』やて、私は思うてるんだす。(中略)
 幸やったら、知恵を武器にして商いの道を切り拓いていけるやろ。
 お前はんは、戦国武将になれる器だすのや

と言われ、呉服商の商いを学び始めます。
いろいろな展開にわくわくしながら読みました。
 
この小説の冒頭が「縹色の反物を一面に広げたような、
迷いのない真澄の空が頭上に広がっている。」です。
のっけに第64回「『和の色』に出会う」で紹介しました
「縹色」(はなだいろ)が出てきます。
その他にいろいろな色や生地が出てきます。
「紅鬱金(べにうこん)の紙入れ」なども出てきます。
色や生地が重要な要素になっています。

またまた、「和の色事典」が活躍しました。続きが楽しみです。


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あきない世傳 金と銀 源流篇
高田 郁 著 (ハルキ文庫)


第2巻を待ちきれずに先に読んでしまいましたが、
第1巻を買いました。

学者の家に生まれ育った「幸」は
幸せな日々を送っていました。
しかし、よき理解者であった兄が亡くなり、父も亡くなり、
呉服屋「五鈴屋」に奉公することになります。

幼い時から父に

 「人々の暮らしの基は、農にある。政の基も、本来は農にあるべきなのだ。
 自らは何も生み出さず、汗をかくこともせず、
 誰かの汗の滲んだものを
 右から左へ動かすだけで金銀を得るような、
 そんな腐った生き方をするのが商人だ。
 商とは、即ち詐なのだ」

と教え込まれた幸は、番頭さんの「治兵衛」をはじめ
五鈴屋の人たちに教えられながら「商い」を学んでいきます。

その基になっているのが

 「知恵は、生きる力になる。知恵を絞れば、無駄な争いをせずに、
 道を拓くことも出来る。知恵を授かりたい、という
 幸の願いはきっと叶えてもらえるよ」

という兄の言葉です。

江戸時代の「士農工商」考えの父、
それとは違った新しい考えを持った兄の言葉に
励まされる幸は、
特に番頭にいろいろと教えてもらいます。

巻末の「治兵衛の商い講座」も興味深く読んでいます。
先に読んだ第2巻にようやくつながりました。
この後の展開が楽しみです。


黄八丈とカリヤスとカラムシ

小説の中に、品のある色に染まった
黄八丈の反物の話が出てきます。
黄八丈は刈安という植物で染めることも出てきます。
『牧野植物図鑑』で調べてみました。

コブナグサ(かいなぐさ、かりやす 古名 かいなぐさ、あしい)と、
カリヤスの2種類の植物が書かれています。
コブナグサの欄に、
「八丈島では八丈絹の黄色の染料として使う」
とあります。

「和の色事典」では、コブナグサで染めた黄八丈と
カリヤスで染めた刈安色が別々に出ています。
刈安色も鮮やかな黄色と青みがかった黄色が紹介されています。
見惚れてしまいました。

インドネシアの姉妹校から届いた
日本のカラムシを使った織物を紹介します。

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This Shawl is made from a mixture of “Karamushi” and “silk” yarn.
We made this shawl using traditional weaving machine
at Sukabumi, west java, Indonesia.

“Karamushi” means Boehmeria niponoviea,
type of plant which is an ingredient for fabric. “Showa” is
a village name where this michinoeki locates.
Showa village in Fukushima is the area
where boehmeria niponoviea is used to make fabrics.

“Karamushi” of Showa-mura started when Ashina Morimasa,
lord of the Aizu domain at the beginning of the Muromachi period,
encouraged its cultivation. Karamushi,
a ramie, is an urticaceous plant called “choma” or “aoso”.


 (訳)
  このショールは、「カラムシ」と「絹」の混合糸で織られたものです。

  インドネシア・ジャワ島の西ジャワ州にあるスカブミという街の
  伝統的な織り機を使って作りました。

  日本の福島県に「からむし織の里しょうわ」という道の駅があります。
  昭和村では、カラムシ(学名: Boehmeria niponoviea)の
  栽培が行われていて
  古くからカラムシの織物を作ってきました。

  昭和村のカラムシの歴史は、室町時代に
  会津藩の領主だった蘆名盛政(あしなもりまさ)が
  栽培を奨励したことから始まりました。

  なおカラムシはツツジ科の植物で
  「苧麻(ちょま)」や「青苧(あおそ)」とも呼ばれます。


と説明書に書かれていました。

渋い落ち着いた色に染めてありました。
福島の昭和村とインドネシアの架け橋の織物です。
嬉しい気持ちになっています。





* 「読書散歩」とは?
プロフィール

兵庫県播磨高等学校

Author:兵庫県播磨高等学校
2021年に創立百周年を迎える兵庫県播磨高等学校です。
「読書の学校づくり」を推進中です。

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