参与の読書散歩 #65

同じ学校に勤務されていた「湊かなえ」さん

Selected by安積秀幸参与先生

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本に書かれている湊さんのプロフィールを読んで驚きました。
淡路の高等学校で家庭科を教えておられたということです。
ひょっとして、私が勤めていた学校では・・・・・。
そのようでした。残念ながら入れ替わりでした。
ひょっとしたら歓送迎会でお会いしていたかもと思ってしまいました。

淡路島在住で、一時家庭科の非常勤講師をされていた湊かなえさんに、
お会いして、話ができたらと思っています。









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写真:NPO法人「本と温泉」ホームページより借用


城崎へかえる
湊かなえ 著 (NPO法人 本と温泉)

「NPO法人本と温泉」の出されているこのシリーズの本は、
城崎に行かないと購入できません。
第24回で紹介しました第1弾「城の崎にて」の豆本、
第37回で紹介しました第2弾の万城目学さんの「城崎裁判」に
続くシリーズです。
平成28年7月2日の新聞で知りました。
豊岡の友人にお願いしようと電話をしたところ、
「電話がかかってくると思っていました。
新聞で読みました。早速買ってきましょう。」
とありがた~いお言葉をいただき、送っていただきました。

亡くなった小説家の母と毎年年末に城崎に旅行し、
温泉に入り、カニを食べていた主人公が、
傷心を癒すために「城崎へ帰ってきた」内容です。
後半は、母との会話と、
カニを食べる思い出のシーンの連続です。

だから、装丁も紙の箱にカニの足のようなでこぼこのある印刷、
本もカニの身を出すように指で押し出すようになっています。

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さらに本はカニの身を意識されているのか、
白一色で小さな字でタイトルと著者の名前が書かれています。

さらにさらに、本の背は綴じてあるままで、
背に塗られた接着剤で箱から出にくくなっています。

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どこまで凝った装丁なんでしょうか。

自分の作品のドラマを見ながら涙する母に、
父のことを聞き出そうとしますが
ドラマ化された小説と同じ作り話で
適当にはぐらかされてしまいます。
その時の母親の言いぐさが面白いんです。

  実際、お父さんの話、あんた喜んでたやん。
  過去がどうでも、今ここにある現実は変わらんのやから、
  人さまに迷惑かけらん範囲で、好きなように作りかえたらええんやで。
  つまらん過去よりも、ドラマチックな話の延長の方が、
  おもしろい未来をつくっていけるんちゃうかな。
  おっ、鍋がいい具合に出来上がったわ。

第2弾の「城崎裁判」を鳥取のYさんにお送りしました。
この第3弾もお送りしました。
その後Yさんから電話をいただき、
久しぶりに楽しい会話をすることができました。
いつもの通り、話題があっちこっちに飛んでしまう会話ですが。





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往復書簡
湊かなえ 著 (幻冬舎文庫)

「城崎へかえる」を読み、
淡路で教員をされていたというプロフィールもあって、
湊さんの作品を読んでみました。

私の思いと全く違った小説でした。
3つプラス1の往復書簡の形式をとった小説で、
解説は吉永小百合さんです。
今回は解説からではなく直接読み始めました。

一作目の「十年後の卒業文集」は、
ある事故をきっかけに
放送部の同級生の心のすれ違いの話が進んでいきます。
最後に同級生から行方不明と思われている人物が、
海外生活をしている同級生に成りすましていろいろと調べます。
何故このようなことをしなければならないのか、
何故成りすまさねばならないのかという
中途半端な感じを持ちました。

二作目の「二十年後の宿題」も読み進むにつれて、
「何故、竹沢真知子先生は、教え子の大場敦史さんに、
違う小学校を卒業した6人の近況を調べさせたのか。」
という疑いを持ってしまいました。
大場君の付き合っている女性が、
6人の一人であることを知りながら。
いつもなら最初に読む「解説」を二作目の途中で読みました。
吉永さんは映画「北のカナリアたち」に関しての部分を書いておられ、
疑問解消にはなりませんでした。

三作目の「十五年後の補習」も
「何故このような展開?」と思ってしまいました。
国際ボランティア隊として2年間派遣された純一と
結婚を考えている万里子さんとの書簡です。
手紙を交わすたびに万里子さんの
失った記憶がよみがえってきます。

プラス1の「一年後の連絡網」は
この三つの関連があるのかと思ってしまいますが、
そうではないようです。

「城崎へかえる」とは全く違ったものでした。
読み終えて、「何? この小説」と思ってしまったのは
私だけでしょうか。
読み手を翻弄するストーリー展開、
「それが湊文学」と言われてしまえばそうなのですが。






* 「副校長の読書散歩」とは?

参与の読書散歩 #64

和の色に出会う

Selected by安積秀幸参与先生

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「和の色」のことについては、第7回の
「日本人の忘れもの」でも少し紹介しましたが、
日本には本当に微妙な色の違いが異なった名前で伝わっています。

「城ケ島の雨」の北原白秋の歌詞にも
「利休鼠の雨が降る」
と出てきます。
以前からどんな色なんだろうと思っていました。

兵庫県立豊岡高等学校で一緒に勤めていました鳥取のYさんに
「染司よしおか」のコースターをいただき、
その渋い色に驚きました。

今回は、引き続き朝井まかてさんの作品と、
「和の色」を集めた事典ですが、
「和の色」の素晴らしさに新しい発見をすることができました。









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残り者
朝井まかて 著 (双葉社)

縹色(はなだいろ)、憲法黒(けんぽうぐろ)や
繧繝縁(うんげんべり)をはじめ、
白綸子地に筥牡丹唐草紋の縁錦など――
聞いてわかりますか?
「豪華絢爛な雰囲気はわかるものの、さてどんな色?どんな模様?」と
聞きたくなるような言葉が随所に出てきます。

この本は岩崎東里先生に『眩』をお返しした時に借りました。
前回と同じ朝井まかてさんの
江戸時代末から明治時代の初めにかけての小説です。
表紙カバーに素晴らしい色模様の
着物姿の登場人物五人が描かれています。

慶応四年四月十日、
江戸城明け渡しを明日に控えた大奥で始まります。
天璋院(篤姫)に仕えた呉服之間の「りつ」、御膳所の「お蛸」、
御三之間の「ちか」と御中臈の「ふき」、
静寛院(和宮)に仕えた呉服之間の「もみじ」の五人が、
それぞれ一橋邸や田安邸に移らずに
江戸城中に残った長い一日の物語です。

天璋院付と静寛院付の者たちの対立感情と絡み合って
おもしろく話が展開していきます。
なぜ、この五人は命令に逆らって江戸城内に残ったのか。
御中臈の「ふき」はそれとなく
旗本出身の「りつ」にその一端を話すのですが、
肝心のところははぐらかしてしまいます。
また、その言い方に面白さを感じます。

みんなが江戸城から撤退する時の慌ただしさ、
五人だけになった城内の静けさ、
官軍が入ってきたときの雑然とした雰囲気が、
朝井まかてさん独特のリズムのある文で見事に描かれています。

大奥のきらびやかな一端と、幕府が崩壊し江戸城を明け渡す前後の、
喧噪、静けさ等、表現の素晴らしさに、
時間の移り変わりを楽しむことができる作品でした。

ところで、縹色、憲法黒とはどんな色なのか、興味ありませんか?




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定本 和の色事典
内田広由紀 著 (視覚デザイン研究所)

気になっていた「利休鼠」、この事典で調べてみました。
緑のかかった灰色です。
雨に煙る風景を見事に表現しています。

兵庫県立豊岡高等学校に勤務していましたのは
もう10年近く前になりますが、その頃に
視覚デザイン研究所から
「和の色事典」の紹介パンフレットが送られてきました。
前回紹介しました版画の素晴らしい色の表現のこともあり、
図書室で購入することにしました。
たくさんの色に大きな驚きを感じました。

この事典が気になっており、
あらたに購入して今も本棚に並んでいます。

「日本の色名は500の固有名と100のトーンの組み合わせでつくられている」
と書かれています。

ところで、「残り者」で出てきている縹色、憲法黒とはどんな色なのか、
「定本 和の色事典」を調べてみました。


「縹色(はなだいろ) 
別名 花田色・縹色(ひょうしょく)・花色 

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青色の代表的な色名。古くははなだ色、平安時代は縹色、
江戸時代には花色と色名を変えて伝わった。」とあります。
ツユクサの花の青い汁で摺染したことに由来するとあります。
また、落語の「花色木綿」に出てくる色とあります。
「あの花色木綿の色か」と新しい発見をしました。
落語を聞いていた時「花色」は、
桜の花に近い色かなと思っていたものですから。


「憲法色(けんぼういろ) 
別名 憲法黒・憲法茶・憲法色(けんぽういろ)・憲法染・吉岡染・兼房

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京都の染匠・吉岡憲房によって考案された吉岡染の色。」とあります。
「橙みの黒」の系列と書かれていますが、渋みのある色です。
吉岡家は宮本武蔵と決闘した吉岡一門としても有名です。
武士に好まれた色のようです。


しばらく、「和の色事典」を楽しんでしまいました。






* 「副校長の読書散歩」とは?

参与の読書散歩 #63

葛飾北斎との出会い

Selected by安積秀幸参与先生

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葛飾北斎の絵との出会いは二つあります。
一つは米山徹先生からいただいた手摺木版「富嶽三十六景画集」です。


富嶽三十六景画集帙

手摺木版『富嶽三十六景画集』の帙。
「帙(ちつ)」とは和本を包んで保存するための装具で、とくに、複数の巻をまとめた本に用いられます。



神奈川沖

富嶽三十六景のなかでも最も有名な作品「神奈川沖波裏」。大きな波と、波に揺れる小舟の向こうに富士山が描かれています。



昭和40年2月に高見澤忠雄氏の監修で
「悠々洞」(出版社)から出された四十六枚の版画です。
県立豊岡高等学校勤務の時に学校所蔵の版画集の話で、
「版画の技術は素晴らしいですね」と「型押し」という技法について、
米山先生と酒を酌み交わしながら言った時の事でした。

「型押し」とは色を付けずに紙を板に押し付けて模様を写し取る技法です。
着物の模様や、袖口等に使われているのを見たこともあります。

歌麿(型押し)

歌麿(拡大)

「型押し」の技法を用いた喜多川歌麿の絵。下の方の女性の首や胸のあたりに色をのせずに線だけで表現しているところが見えます。ほかにも、女性の顔の輪郭を型押しで描いたものや、重ね着した着物の袖を型押しで表現している作品もあります。いずれも「粋」を感じさせます。

その時に米山先生は、「『富嶽三十六景画集』『東海道五十三驛画集』
『歌麿名作撰』の三つの版画集をそろって持ってるよ。」
とおっしゃいました。
いつもの通り何回もおねだりして結局三つともいただいてしまいました。

東海道五十三驛画集帙

『東海道五十三驛画集』(安藤広重)の秩。
『東海道五十三驛画集』は、江戸時代に整備された「東海道」という道にある53の宿場を描いたもの。



最初に入っている目次

『東海道五十三驛画集』の目次。「東海道五十三驛画順」とあります。


蒲原_convert_20160805193152

五十三驛のうち16番目の「蒲原(かんばら)」。蒲原町は、現在の静岡県清水区に位置します。


歌麿名作撰の帙

『歌麿名作選撰』の秩


分割配本時の表紙

『歌麿名作撰』(分割配本時のもの)

授業で物理を教えながら生徒と一緒にこの三つの版画を鑑賞し、
日本の芸術の素晴らしさについて話をしてしまったこともありました。

もう一つは、第49回で紹介しました友人と、20年ほど前になりますが
徳島から香川に移動する途中に一杯千円するコーヒーを飲んでいて、
その店の一角で「北斎漫画」の木版摺一枚を見つけたことです。
その後、出版元である京都の「芸艸堂」に伺い、セットで購入しました。

北斎漫画箱

『北斎漫画』の入っている箱


北斎漫画帙

『北斎漫画』の帙


北斎漫画3冊

『北斎漫画』全15冊のうちの3冊


最初に購入した北斎漫画

『北斎漫画』の中身。左がすずめ踊りをする男性を描いた「雀踊」、右が「相撲」。

その時、芸艸堂さんの蔵の中を見せていただき、
おびただしい数の版木を拝見した時の感動は今も忘れることができません。
版木というのは、印刷のための文字や絵を彫った板のことです。

再び「芸艸堂」に伺った時には
北斎と同じく近代日本を代表する画家である伊藤若冲の
拓版摺りの「玄圃瑤華(げんぽようか)」一枚を購入しました。

眩

伊藤若冲「玄圃瑤華(げんぽようか)」(拓版摺り)。「玄圃」は理想郷を、「瑤華」は美しい花を指す。写真はこの作品集のなかの「瓢箪(ひょうたん)」を描いたもの。なお、2016年現在、伊藤若冲の生誕300年を記念して京都の細見美術館において回顧展が開催されています。

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神戸新聞の記事(2016年7月29日付)


「北斎漫画」は北斎没後も、13編が嘉永2年に出され、
15編は明治11年に刊行されています。
絵の指南書だけでなく、江戸時代の風俗や生活を知る上でも興味ある本です。









若冲


眩(くらら)
朝井まかて 著 (新潮社)

この『眩』を読むことになったのは、
平成28年6月26日の新聞の読書欄に紹介されていたことと、
図書室で岩崎先生との「何か面白い本はないですか」と聞いた時に
教えていただいたことがきっかけでした。

『眩』は、葛飾北斎の娘、應爲「栄」が主人公になっています。
父・北斎の胡坐をかいた足の上で
絵が描かれていくのを見ていたころからの話が書かれています。
本全体がテンポの良い文章で構成されていて、
北斎の絵に対する厳しい見方が、その文章のあちこちに現れています。
有名な「神奈川沖波裏」制作のシーンや
「富嶽三十六景」と言いながら四十六枚あることなども紹介されています。

北斎が「富士超龍図」を書き始める時の、
弟子五助、栄との三人での会話に感動しました。
五助の「あたしなんぞ一人前じゃありません」から始まる
次の掛け合いが忘れられませんでした。

「まだ一筆も下していない束の間は、
 今度こそいい絵にできるような気がするのに、
 いざ仕上げてみたらいつもがっかりしちまうんです。
己の腕のほどを、己の絵に思い知らされます」

(中略)

「俺ぁな、五助。もう充分巧い絵師だ」

「はい」

「だが、巧いことと絵の奥義を極めることとは別物だ。
どうだ、巧いだろうってぇ絵には品がねぇし、
わざと無心を装ったような絵も見られたもんじゃねぇ。
俺ぁな、描けば描くほど、絵がよくわからなくなる。
ただ、それが苦しいからといって目指すところを
低うしたら、己の目論見よりさらにひどいことにならあ。
・・・・・・つまり、描き続けるしかねぇんだ」

(中略)

「そうやって己が及ばぬことを知っているから、
いい絵を描こう、巧い絵を描こうってぇ自らの欲を振り捨てて、また挑む。
その時がきっと道に上達する時なんだろうけれど、
それも本人にはわからない。後で振り返ってみて、
ああ、あの絵で何か一つ乗り越えることができたのかと思うだけで」

いいですねえ。このような場面に出くわし、
教えていただいた五助さんは本当に幸せですね。
米山先生にいただきました『富嶽三十六景』や、
偶然見つけた『北斎漫画』もおもしろく出てきます。
いろいろな事件が起こりますが、
読み終えてテンポの良さとさわやかな感じの残った一冊でした。





* 「副校長の読書散歩」とは?

参与の読書散歩 #62

新聞が教えてくれた本

Selected by安積秀幸参与先生

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新聞はいろいろな本を紹介してくれます。
コラム、記事等を読んでいて
書かれている方はよく本を読んでおられるし、
またいろいろなことをよく御存じで、いつも感心してしまいます。
第29回の「新聞記事がきっかけで」をはじめ、
新聞で知った本のことも多く書いてきました。

今回は、新聞の読書欄や記事、コラムで紹介された本です。
全くジャンルの違う本ですが、
どれも興味深く読むことができました。






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神戸栄町アンティーク堂の修理屋さん
竹村優希 著 (双葉文庫)

平成28年6月19日の神戸新聞「ひょうご選書」で紹介されていました。
タイトルの「神戸栄町」や「アンティーク」の言葉にひかれて
仕事帰りに本屋さんに寄って買いました。
本屋さんでは検索システムで探しても見つけることができず、
お店の方にお願いしました。

持っていたメモには「栄町」が抜けていました。
どおりで検索できなかったわけです。
電車の中で読み始めましたが、
もう少しで乗り越しをしてしまうところでした。

主人公「寛人」の両親が離婚した時、
古道具屋「アンティーク堂」を経営していた
祖父「万(よろず)さん」は、孫の「寛人」に、
  
  「俺のことはおじいちゃんと呼ぶな」
  「なんで?・・・・・・もう、僕のおじいちゃんでなくなったから?」
  「ああ。せやから俺はお前の友人になってやる。
  俺のことは万さんと呼べ」

と言います。それから10年。万さんは、
営んでいた古道具屋「アンティーク堂」を寛人に引き継がせて
亡くなってしまいます。
その時から「なぜ、僕が?」と考え続けます。

アンティーク堂に住み着いている修理屋の女性茉莉さん、
バイオリンの天才少年で生意気な北崎天馬くん、
砥峰高原で農場を営む谷原真二さん、真二さんの孫の凛ちゃん……と、
寛人はあたたかい雰囲気に包まれます。
また、寛人の元恋人の花沢咲さん、
茉莉さんにスカートの修理を頼みに来た芦屋の女性、
娘を亡くし、バラバラになったジグソーパズルを
元に戻すことを頼みに来た武井さん
と、登場人物はあまり多くありません。

寛人は、その人たちとのいろいろな騒動にまきこまれます。
そのひとつひとつの騒動が心あたたまる騒動なんです。
その騒動で、一歩ずつ寛人は答えを見つけていきます。
家族のあたたかさと「思い出」を感じる素晴らしい作品です。




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尾崎放哉句集
池内 紀 著 (岩波文庫)

尾崎放哉を教えてくださったのは、鳥取のYさんです。
尾崎放哉は鳥取出身です。
尾崎放哉といえば「咳をしても一人」という有名な句を思い出します。
初めてこの句をお聞きした時は
「えー、これが俳句」と思わず言ってしまいました。
放哉の人生を読んでからは、「ふ~ん」でした。
先ほどの「神戸栄町アンティーク堂の修理屋さん」とは違う、
さみしさが漂う1冊です。

尾崎放哉は須磨寺にも滞在したこともあって、
時々新聞にも紹介されます。
平成26年6月6日には神戸新聞の正平調で、

「仏にひまをもらつて洗濯してゐる」

「氷店(こおりみせ)ひよいと出来て白波」

の2つの句が紹介されています。
また、平成28年4月29日の神戸新聞随想に、
たかとう匡子さんは、
須磨寺にある尾崎放哉の
句碑「こんなよい月を一人で見て寝る」を紹介されていました。
新聞で紹介されたときに妻と話をしましたところ、
「言いたいことがよくわかる。」という感想から、
しばらく尾崎放哉の話をしました。

この句集では、「こんなよい月を一人で見て寝る」は
大正14年の句として紹介されています。
明けて大正15年に「咳をしても一人」が紹介されています。
晩年に寺の堂守をしている一人だけの生活を、
多くの句に詠んでいます。
ほかにも、寂寥感あふれる句が紹介されています。

「ぽつかり鉢植えの枯木がぬけた」

「底がぬけた杓で水を呑もうとした」

「節分の豆をだまつてたべて居る」

ひとり暮らしと自然。
季節の移り周りを感じる句が並んでいます。

句の後に「入庵雑記」が掲載されています。
「島に来るまで」「海」「念仏」「鉦たたき」「石」「風」「灯」
の題のついた文が掲載されています。
鳥取のYさんからいただいた、編集者の池内紀さんが
鳥取で講演会をされた時の資料を探そうと思っています。




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誤解だらけの日本美術
小林泰三 著 (光文社新書)

この本は平成27年12月4日に
「古美術の本来の姿最新技術で再現」
という見出しで紹介された記事で知りました。
俵屋宗達と尾形光琳の「風神雷神図屏風」や
興福寺の阿修羅像等は経年変化に伴い
現在の色とは全くと言っていいほど違っていたと書かれています。
それをデジタル処理して再現した著者の考えや、
その過程が書かれています。
著者の発想が本当に興味深く、
通勤電車の中でも楽しく読むことができました。
ことさら造られた当時や書かれた当時の再現は
色を中心とした復元作業の話なので、
多くの素晴らしいカラー写真とともに読むことができました。

「制限だらけの鑑賞スタイル」では2014年4月に東京国立博物館の
キトラ古墳壁画展に行かれた時の話が書かれています。
事前にスマートフォンでチェックしながら
待ち時間を短くする時間帯を調べられた著者は、
建物に入るのに1時間、館内で30分待たれ、
ゆっくりとしたベルトコンベアーのように進みながら
「立ち止まらないでください」という声に
「ただ見よ、後で考えよ。」という鑑賞に疑問を呈しておられます。

このような鑑賞法は、文化の熟成という意味ではよくない。
日本美術を鑑賞するにあたってもっとも大切なのは、
「時の移ろいに身を置く」ことだからである。
と言い切っておられます。全く同感です。
私は常々「本物をじっくりと手に取って感じる」ことが
大切だと思っています。
本物の美しさを肌で感じることと思っています。

著者は、デジタル処理をした文化財をじっくりと観察されています。
うらやましい環境です。
3Dプリンターで作成したものでもいいから、
本物とは違うことを前提に、
ゆっくりと手に取って鑑賞したいと思うのは私だけでしょうか。






* 「副校長の読書散歩」とは?

読む清涼剤、あります。

新着図書コーナー_20160706200219

気温が30℃を超える日が多くなってきました。

図書館のディスプレイは、夏本番に向けて準備万端です。

新着図書コーナーには夏雲と巻き貝。

YOMOYOMOスポットの掲示板も、夏の装いです。


2年生のYOMOYOMOスポット
2年生_20160706200330

こちらは3年生
3年生_20160706200346

(※画像をクリックすると、別画面にて表示されます。
  ズームアップしてご覧ください。)



もちろん、配架図書は日々更新中です。


1学期も残すところ2週間となりました。
この夏、傍らに置いておきたい本はどんな本ですか。

プロフィール

Author:兵庫県播磨高等学校
2021年に創立百周年を迎える兵庫県播磨高等学校です。
「読書の学校づくり」を推進中です。

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